鳥人間コンテスト事故の深層 第1回:何が起きたのか

雑誌記事にもなった鳥人間コンテスト事故裁判だが、実際に何が起き、どんな訴訟が行われているのか事実を整理した資料は少ない。そこでまず、この事故の経緯を事実ベースで整理してみよう。

まず、過去の報道や私の発言については以下のリンクを参照して頂きたい。また本ブログでの鳥人間関係記事は、鳥人間タグでまとめて見ることができる。

女性自身の記事

鳥人間コンテストの事故について、鳥人間の立場から考える

鳥人間コンテストはバラエティー番組

事故が起きたのは2007年の鳥人間コンテスト人力プロペラ機部門だった。ここで鳥人間コンテストとは何か、から整理する。

鳥人間コンテストは、読売テレビ放送株式会社(以下、ytv)が制作するテレビ番組であり、その収録現場のことである。関西以外では日本テレビ(以下、NTV)系列の各局で放送されるが、NTVとytvは読売新聞グループの別会社であって、NTVはytvが制作した鳥人間コンテストをネットワークに配信するだけなので、ytvと取り違えてNTVを批判するのは誤りである。

収録のことをytvでは「鳥人間コンテスト選手権大会」と呼び、会場では「テレビ番組の制作を目的とした競技会」と周知している。従って鳥人間コンテストには、他のスポーツのような「テレビ局以外の主催者」が存在しない。プロ野球やJリーグなどのプロスポーツ、オリンピックなどのアマチュアスポーツはいずれも、大会主催者がテレビ局に放映権を販売しているわけだが、鳥人間コンテストは大会運営自体をytvが実施している。
これは鳥人間コンテストがバラエティ番組だからだ。鳥人間コンテストの前身は「びっくり日本新記録」で、40代以上の方は懐かしく思い出されるだろう。現在で言えばサスケなどに似た、視聴者参加型のチャレンジ番組である。「湖に飛び込む」から「飛行機で飛ぶ」になっても、番組の趣旨はバラエティ番組から変わっていない。だからテレビタレントもレポーターではなく参加者として出場するし、お笑い芸人が学生や応援団をいじって笑いを取るフォーマットが続いている。

参加チームはいずれも、自費で飛行機を作って持ち込んでいる。機体製作費や輸送費はもちろん、会場までの旅費やギャラも支払われない。その点でバラエティ番組の「芸人」とは異なり、あくまで視聴者参加番組の参加者である。参加者は「晴れ舞台を無料で用意してもらい、テレビに映ることができる」というメリットを享受し、ytvは「会場にかかる経費を負担すれば参加者が自分で来てくれる」という、相互に利益のある関係になっている。ただし、それが「対等な関係」と言えるかは議論の余地がある。
1機の人力飛行機を作るには、材料費だけでも100万円以上かかるだろう。工具や飛行試験の経費、出場のための旅費や輸送費を含めれば数百万円に達する。鳥人間コンテストの優勝賞金は100万円だから、賞金目当ての出場はあり得ない。

出場を希望する人は、3月頃までに出場申請書類をytvに送る。この時点で必要なのは三面図と説明資料であり、機体が完成している必要はない。選考結果が発表されるのは4月末頃だが、そのときに選考理由は明かされない。実際、前年の大会で中位の成績のチームでも落選することはよくあるし、番組を見てもわかるように「よく飛びそうなチーム」ばかりを選んでいるとも思えない。
なお、学生チームに芸能人やスポーツ選手が搭乗することがよくあるが、これは100%、ytv側から「番組側で用意するパイロットを乗せるという条件で出場を認める」という通知が来た場合である。学生達にとっては、入学以来鳥人間コンテストを目指してトレーニングを積んできたパイロットを見捨てろと言われているに等しいし、パイロットは「自分が乗れないなら出場するな」とも言えないので、苦渋の選択である。もちろん、パイロット変更を拒否すればチームの合格は取り消され、不合格チームのどこかに「パイロット変更を条件に出場しないか」という連絡が入るのだ。

このように、単純な「テレビで放映されるスポーツ大会」でも「芸人が体を張って楽しませるバラエティ番組」でもないのが鳥人間コンテストなのである。

鳥人間でも異常な「離陸前に主翼折損」

2007年の鳥人間コンテストには九州工業大学の鳥人間サークル「KITCUTS」が出場し、パイロットとして川畑明菜さんが搭乗していた。この機体はプラットホーム上で滑走を始めると主翼が大きく上にたわみ、左主翼がほぼ中央部で折損。プラットホームから離れた機体はそのまま左に横転し、千切れた左主翼の破断箇所が水面に接触。このときの衝撃で川畑さんは振り落とされ、背中から湖面に突っ込んだ。
鳥人間コンテストを見たことがある人なら「離陸後に翼が折れるのはいつものことだろう」と思うだろう。しかしこのときの壊れ方は、鳥人間コンテスト経験者から見ても異様なものだ。この機体は「離陸前に翼が折れた」のだから。

離陸前の主翼に加わる力は、速度に応じた揚力(飛行機を持ち上げようとする力)だ。揚力は速度の2乗に比例して増加し、設計上の飛行速度に達すると、設計重量と釣り合う。プラットホームは下り傾斜が付いているため、先端に達する前後で飛行速度に達してまっすぐ水平飛行に入る。これが、正しく作られた人力飛行機の、プラットホームからの離陸だ。

揚力は飛行機を持ち上げる力だから、わかりやすいように風船の浮力に例えて説明してみよう。10kgfの浮力を持つ風船に、10kgfの力では切れない紐を付け、10kgのおもりを付けると、風船は上昇も下降もしない。これが飛行機が水平飛行しているのと同じ状態だ。飛行機の揚力は速度の2乗に比例するので、速度が遅いうちは飛行機は浮かばずに車輪で走るが、揚力が重力に釣り合うまで速度を上げると、飛行機は浮かぶ。

鳥人間コンテストでよく見られる主翼折損は、離陸後に起きている。ひとつめのパターンは、離陸の瞬間だ。それまで車輪に乗っていた荷重が全て主翼に掛かると、強度不足の機体では耐えきれずに折れてしまう。滑空機部門ではパイロットが自分の脚で走るため、飛び乗った瞬間に折れてしまうことがよくある。風船と紐に例えるなら、10kgfの風船に10kgのおもりを吊った瞬間に紐が切れるイメージだから、紐(機体構造)が弱すぎたことがわかる。

もうひとつは、急降下した機体を引き起こす時だ。離陸時に水平にバランスを取れなかった機体は急降下してしまう。これを引き起こそうとすると、機体重量以上の力がかかって主翼が折れてしまう。あるいは急降下時の速度増加に耐えられずに壊れることもある。これは、風船にガスを入れて浮力を12kgfに増やし、10kgのおもりを12kgfの力で引っ張り上げようとしたら紐が切れてしまったイメージだ。

しかし、この事故ではプラットホーム上での滑走中に折れている。プラットホーム先端へ向かって加速している最中だから、揚力はまだ設計値に達しておらず、主翼に加わっている荷重は設計値を下回っている。揚力が不足する分の重量は車輪に乗っているので、もし重量オーバーがあっても主翼には荷重はかかっていない。にもかかわらず、大きく上に反り返った主翼は、ぽっきりと折れている。これほど強度が低い機体が出場して飛ぼうとした例は、少なくとも近年は記憶にない。
風船に例えれば、風船の浮力が8kgfしかないのに、10kgf以上の張力に耐えるはずの紐が切れてしまったイメージだ。ちなみに一部で重量増が原因という説が出ているようだが、ここまでの説明で間違いだとわかるだろう。10kgで設計されていたおもりが実際は12kgあった場合でも、8kgfの風船を付ければ紐にかかる力は8kgfしかない。紐が10kgf以上の力に耐えられれば、この時点で切れるはずはない。

飛ばなくても、滑走するだけで壊れる人力飛行機。なぜそのようなものに人を乗せて飛ばしてしまったのだろうか。

何の裁判なのか

この裁判が、誰に何を訴えた裁判なのかについても、整理しておこう。よく見掛ける誤解として「読売テレビに4305万円を支払うよう要求した」というものがあるが、これは間違っている。

この裁判の原告は負傷したパイロットである川畑明菜さんだが、被告はytvだけではない。訴状にある被告は以下の通りである。

  • 松本憲典氏、古賀俊之氏、稲田安浩氏、菅原賢尚氏、佐藤喬也氏。この5氏は当時、九工大KITCUTSのリーダーや設計者を務めていた元学生である。5氏は同じ代理人(弁護士)がまとめて同じ書面で答弁しているため、今後はまとめて「チーム側」と表記する。
  • 平木講儒氏、国立大学法人九州工業大学。平木氏は当時(現在も)のKITCUTS顧問である。平木氏と九工大は、同じ代理人(弁護士)がまとめて同じ書面で答弁しているため、今後は「九工大・平木氏」と表記する。
  • そしてytv。

この3つのグループが被告であって、訴えは「被告が連帯して」支払うこと、である。つまり「責任はチームにあるのではないか」という疑問に対しては「チームも訴えられている」と言えるし、どの被告がいくら払うかの比率は裁判で決まる。
また、4305万円というのは、障害の程度に応じて自動的に算出される損害額であって、この金額をまるごと支払うということではない。もし、パイロットの自己責任が99.7%、チーム側と九工大・平木氏とytvの責任がそれぞれ0.1%という判決であれば、各者の支払額は4万円ずつである。つまり、この裁判で争われているのは「パイロットに責任はないか」ではなく「パイロット以外に責任はないか」なのである。

それでも、事故の責任はチーム側にあってytvにはないのではないか、という疑問もあるだろう。
被告の主張の要点を要約すると、こうなる。チーム側は「安全確認の義務はytvにあり、我々にはない」である。ytvは「安全確認の義務はチーム側にあり、我々にはない」である。つまり、1つの裁判で「責任はチーム側にあるのか、ytvにあるのか」を争うにはytvを訴えるしかなかった、と川畑さんは言った。私は「いや、ytvには証人として、チームの責任を証明する証拠を出してもらえば良かったのではないか」と聞いたことがある。しかし、ytvは証人を引き受けるのを拒否したうえ、チーム側に対する指導なども断ったため、責任があると判断したということだった。

かくして、訴えられた各者は「自分に責任はない」という主張を展開するわけだが、その内容は次回から述べていきたい。

鳥人間コンテスト事故の深層 第1回:何が起きたのか” への6件のコメント

  1. 大貫様 はじめまして。
    以前に学生チームでパイロットをしていたものです。
    よろしければ、チーム側の五氏の実名をあげる意義をお教えください。
    容疑者ですらなく、当時未成年であったかもしれない人物の名を公表
    することにどれだけの意義があるのか。
    貴方の主張は興味深く拝見させていただいています。
    率直な意見を述べますと、一方の主張を鵜呑みにしすぎている感があります。
    裁判中の案件でもあり、OBとしての客観的な発言を望みます。

  2. コメントをありがとうございます。2点についてお答えします。

    実名を挙げた意義は、実名を伏せる意義がないからです。確認できない発言等を挙げるときは氏名を伏せていますが、確認できるものは伏せていません。

    一方の主張を鵜呑みにしているとのご指摘ですが、たとえばこの第1回の場合、川畑さんの主張を書いているのは最後の数行にすぎませんし、そこは川畑さんの発言であることを明示しています。それより前の部分は全て、私自身の見解や主張です。

  3. 返信ありがとうございます。

    5人がどのような生活を送っているかは存じませんが、仮に企業人として
    生きているとするなら、実名でこのように流されることのダメージが計り知れない
    ということは、容易に想像がつくと思います。公表したという事実から、明白な
    攻撃の意図を感じたことで、このような投稿をさせていただきました。
    裁判での結末で有責という判断が出ない限り、実名を出す意義があるのかという
    のを問いたかったわけです。
    主張の件は了承しました。twitterでの発言と混同して述べたことをお詫びします。

  4. 再度のコメントありがとうございます。
    私は、この事故が学生時代に起こったことであっても、現在どのような主張をしているかの方が重要であると考えています。裁判で主張をしているのは、未成年者ではなく成人だからです。
    民事訴訟の被告であっても正当な主張をしているのであれば、言い掛かりで訴えを起こされた被害者として同情を集めるのではないでしょうか。逆に、非常識な主張をしているのであれば、事件そのものは過去のものであっても、現在のその人の倫理を問われるのは当然と思います。
    私の目的は、彼らを晒し者にすることではありません。彼らが正当な主張により、名誉ある判決を受けるように願っています。

  5. 返信ありがとうございます。

    意見の相違はおおいにありますが、実名で意見を出している大貫様に、
    匿名の立場から、これ以上述べることは控えさせていただきます。
    次回以降の記事も楽しみにしてます。

  6.  私は宇宙開発や航空機についてはよくわかりませんが、無線、通信関係の仕事を続けてまもなく34年になります。
    昭和63年から平成5年頃まで大阪で仕事しており、仕事以外でYTV技術関係者と話をすることが何度か有りました。

    今と違って企業にもコンプライアンスという意識は弱く、バブル景気の頃ですから、いわゆるイケイケの所がYTVにも製作会社にも当時は有ったのだと思いま。す
    一つ記憶に残っているのが、一部のチームがパイロットと地上側の誘導担当者などがアマチュア無線を使っており、応援の女性に無線でパイロットに呼びかけたりを取材スタッフがさせている状況がそのまま放送されました これは明らかな電波法違反であり、放送局としては有ってはならない状況でありますがYTV技術関係(管理職)の知人もそのことについては初めて知り、翌年からは無線機の使用を禁止(法的な面、チーム間の公正さ)したいとの結論になりました。
     番組の製作会社もスポーツというよりもお笑いなど色物に近い制作態度だったのだろうと思います。
     懐かしいと思いながらもこのような重大な事故が隠蔽されていたことに驚きを感じました。
    話は変わりますが、会社の後輩が数年前突然脳髄液減少症に掛かりました 事故でも何もなく突然の体調不良でしたが、検査の結果病名が判明し、自己の血液成分で盛れる部分を塞ぐ手術を行い、今は日常生活に不自由を感じないまでに回復しています。
    彼女も十分な治療を受け回復できるようお祈りします。

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