鳥人間コンテストの安全性を考える 第2回 「辞退できないルール」から見えた読売テレビの本音

鳥人間コンテスト関係の過去連載も併せて読んで頂ければ幸いです。

鳥人間コンテストの事故が話題になった際、鳥人間コンテストには「参加者が出場を辞退できないルールがある」ということを紹介した。このルールはよほど衝撃的だったのか、ネット上では「本当にそんなルールがあるのか」という疑問さえ上がった。

結論から言えば、このルールは実在するし、2014年のルールブックにも引き続き存在していることから、讀賣テレビは前年からの裁判にも関わらず「このルールには問題がない」と考えていることがわかる。ちなみに、現在も入手可能な「鳥人間コンテスト30周年記念DVD BOX」に付属のリーフレットには、2006年の第30回大会のルールが記載されているので、誰でも確認可能だ。内容は以下の通りである。

7 棄権
a 出場エントリーを済ませたチームは、大会実行委員会が棄権に相当する理由があると認めた場合以外、自らの申請による棄権をすることができない。これに反し自ら棄権をしたチームには次回以降の出場を停止する場合がある。
b 機体の製作、改修、整備等チームの都合で生じた時間的遅延により、当該チームの属する部門・クラスのフライト進行が著しく妨げられることが予想される場合、棄権とみなし大会中いかなるフライトも認めない。

このような条文があると、参加者は大会実行委員会と意見が割れた場合に、自由意思で飛行の可否を決断できないのではないか。この疑問に対して讀賣テレビは、裁判の準備書面に堂々と見解を示してきたのである。

「無責任な棄権を防止するために」

この条項が追加されたのは2005年の大会であったため、鳥人間コンテスト参加者達の間では「2004年にチームエアロセプシーが棄権したのが理由だろう」と噂されていた。読売テレビはその噂を肯定する形で、制定の理由を詳細に説明した。以下、裁判の準備書面から引用する。

第1回準備書面
第29回大会のルールブックにおいて本条項が追加された理由は、その前年である2004年実施の第28回大会において、有力チームにおいて、飛行直前に突如合理的な理由なく機体の組み立てを拒み、飛行を拒否したことにより、大会運営や番組製作に大きな支障を生じたため、以降、そのような参加チーム側の一方的な都合による無責任な棄権を可及的に防止する意図に基づくものである。
第2回準備書面
被告讀賣テレビが主張した「有力チーム」が「エアロセプシー」であることは原告の主張する通りである。
しかしながら、エアロセプシーが同大会において棄権したのは、当日の天候が雨であったところ、同チームにおいては、第28回鳥人間コンテストの開催以前に「雨天時においては好記録が狙えないため、同方針に従い棄権したものであって、決して安全上の理由から棄権したものではない。
(中略)
しかしながら、あくまでも大会主催者である被告讀賣テレビとしては、あくまでも1チームの内部方針に過ぎない事情より、大会運営全体が左右されてしまうことは、大会の運営に照らして好ましいことではなく、それ故にエアロセプシーに対してフライトを説得したのである。それにも拘らずエアロセプシーはフライトを拒否し続けたため、被告讀賣テレビとしては、やむを得ず、その翌年の大会から上記第7条a項の規定を設けることとしたのである。

この書面を読んで、私は驚いた。私はその2004年大会に、人力プロペラ機部門に社会人チームで出場しており、どのような状況だったかよく覚えているからだ。そこで、私が覚えているところの2004年の鳥人間コンテストがどんな状況だったか、ご紹介しよう。

ドキュメント:台風と戦った2004年の鳥人間コンテスト

2004年の鳥人間コンテスト人力プロペラ機部門は、8月1日に開催された。当日朝9時の天気図を示す。

2004天気図7月25日に発生した台風10号は伊豆諸島付近からゆっくりと西へ進み、7月31日16時には高知県へ上陸した。瀬戸内海へ抜けた台風10号は21時半に山口県へ再上陸。翌8月1日には日本海を北東へ進むと予想されていた。既に7月31日の滑空機部門から気象条件は荒れ模様であり、1日の朝にはエアロセプシーが棄権を申し出たため讀賣テレビ(以下、ytv)が説得中だという噂が流れていた。

これを聞いたとき、当時の私が思ったのは「エアロセプシーは、ずるいな」だった。こんな気象条件では誰だって飛ばしたくない。しかし、学生チーム達は棄権などすれば、ytvの怒りを買って翌年から大会へ出られないだろう。仕方がない、我々はytvに最後まで付き合おうじゃないか。

私の記憶には、あまり雨の印象は残っていない。とにかく覚えているのは、強まる一方の風のことだ。フライトするチームはパタパタとバランスを崩して落ちていく。そんな中で唯一、気を吐いたのはA大学チームだった。飛び立った人力飛行機の後ろ姿を湖畔から見ていると、機体は上下左右に大きく揺れていた。風がひどく不安定で、揉まれているのだ。その後姿を見ていた他チームのパイロットは「A大のパイロットはすげえな。自分はこんな風で飛べるだろうか」とつぶやいた。

※具体的な大学名を出されると反発する関係者も少なくないので、伏せています。

しかし、しばらくすると離陸すら困難な風が吹き始めた(それまでも離陸可能と言うのは憚られるが)。ytvは大会の中断を発表する。中止ではなく、中断だ。要するに待機命令だ。

我々のチームは、湖畔の砂浜にいた。幅30mの主翼は正面から吹き寄せる風に煽られ、危険を感じるほどだった。パイロットが乗っていない人力飛行機は40kg前後の重さしかなく、強風で飛んでしまいかねないのだ。しかし、学生チーム達の目の前で、ytvが中止を決定する前に機体を解体すれば、ytvと揉めるだろう。

悩んだ末、我々は主翼の両端5mずつを分解して風に耐えることにした。今回が初めての参加で、夢だったフライトが不可能になったと悟った女性メンバーが涙を流し始めると、カメラがアップで撮り始めた。その頃、隣ではB大学チームが主翼に張られたフィルムをカッターで切っていた。もはや飛ぶことは諦めた。あとはytvが諦めてくれるまで耐えるだけだ。

しかし、地上で耐えていた我々はまだ、ましな方だった。プラットホーム上では次に飛行する予定のC大学チームが、台風に翻弄されていた。巨大な主翼はプラットホームから外へ大きくはみ出す。強風で翼は大きく揺さぶられるし、それを保持している人が転落する可能性もあるだろうが、プラットホームから地上へ戻ることも許されず、ひたすら耐え続けた。

残念ながら、このときの写真などは私の手元にはない。写真を撮る余裕などなかったのだ。写真があれば時刻もわかるだろうが、それもわからない。どれほどの時間、台風に耐えたのかはわからないが、自分の記憶では10分とかいう長さではなく、数時間といった長さだ。ようやく大会中止が伝えられ、機体の解体が始まると、さらに信じられないニュースが飛び込んできた。

それは、大会を不成立とし、記録なしというものだった。その時点でのトップは、1km弱を飛んだA大学。初優勝が消えたことに落胆するA大学を見て激怒したのは、飛行を迎えることなく台風に耐えていた優勝候補チーム、D大学の設計リーダーだった。彼を中心に各大学の代表者達数名が大会本部へ詰め掛け、大会成立を訴えた。飛んだ者にとっても飛べなかった者にとっても、台風と戦った鳥人間コンテストを「なかったことにされる」のは耐えがたい屈辱だったのである。

結局、大会は不成立で変わらず、A大学チームをはじめとする上位チームには賞金も支払われなかったが、飛んだチームのフライトは大会公式記録として残ることになった。ただ、テレビ放送では台風に耐えるシーンは丸々カットされ、最後のチームが飛んだ直後に大会が中止されたように編集されていた。あの数時間、ytvに付き合って台風に耐え続けた鳥人間達のドラマは、なかったことにされたのだ。

台風接近は「安全上の理由ではない」

このように、2004年の鳥人間コンテストを「安全上の問題はなかった」と言い切るのは非常に無理がある。

エアロセプシーは「雨だから飛ばない」と言ったのだから安全上の理由ではない、というのがytvの主張である。しかし、理由が雨であっても風であっても、「好記録が狙えない」というのは、要は短距離で落ちるということだ。飛ばすのに不適だと言っているのである。

実際、2004年は台風による強風下であっても、大会中止の決定に時間を要した。しかもプラットホーム上のチームは一時退避することもできず、中止が決定してから-つまり、風が強まってから危険な撤収作業を開始したのである。この経緯を知っている鳥人間関係者は、ytvは「多少無理でもフライトさせたがる」という印象を持っている。そんな状況で「我々は危険でも飛べとは言ってませんよ。だから、怪我をしたら自己責任ですよ」というのは、かなりブラックなやり方ではないだろうか。

このことから導かれる結論は、鳥人間コンテスト参加チームはytvの立場を考慮して遠回しな言い方をするのではなく、飛ばしたくなければはっきりと「危険だから」と断言するべきだ、ということだ。危険だと言っても飛行辞退を認めなければytvの立場が危うくなるので、辞退は認められるだろう。

おうちに帰るまでがフライト

さて、ここまで見てわかるように、ytvが判断しているのは「鳥人間コンテスト会場での安全性」である。しかし人力プロペラ機部門では、飛行機は琵琶湖の対岸まで飛んで戻ってくるまでになった。飛行時間は数十分から1時間以上に及ぶ。飛行エリアは琵琶湖全域だ。

皆さんも飛行機に乗る時、「天候調査中」とか「条件付き」というのを見たことがあるだろう。今いる空港の天候が良くて離陸可能でも、目的地の空港の天候が悪ければ着陸できない可能性がある、ということだ。このように飛行機のパイロットは、離陸から着陸までの全ての天候を気にしているのだ。

私はパラグライダーのフライヤー(パイロット)だが、初級者の頃にこんなことがあった。離陸場でグライダーを広げ、準備が完了すると同時に、インストラクターから「風が悪くなったので、離陸を禁止します」と無線が入ったのだ。こうなると私は、せっかく広げたグライダーを畳んで、担いで下山しなければならない。「ああ、もう1分速く準備すれば飛べたのになあ」と私は嘆いた。すると、隣にいたベテランフライヤーに、こうたしなめられた。
「もし1分速く準備していたら、君は荒れた風の中を飛んで着陸しなければならなかった。離陸が遅れて飛ばずに済んだのはラッキーなんだよ」

つまるところ、空を飛ぶときに考えるべき最も重要なことは「いかに飛ぶか」ではなく「いかにフライトを終えるか」なのである。実際にこの回の鳥人間コンテストは、台風の接近に伴って風が強まり、飛行中断、大会中止へと至った。このように天候が悪化の一途をたどることが明らかな状況で、今の離陸場の天候だけでフライトを迫るのは、およそあらゆる飛行機の常識から見てあり得ないのだ。

2013年には雷を無視して準備を強行

ytvが天候上の棄権を無視した例は最近もあった。2013年の鳥人間コンテストである。
鳥人間コンテストは土日に開催されるが、土曜日に出場するチームは金曜日に機体を組み立てて、大会本部の検査を受けなければならない。ところがこの日、大会会場である彦根市松原水泳場の砂浜では琵琶湖の対岸から大きく発達した積乱雲が迫ってくるのがはっきり見えていた。積乱雲は琵琶湖を横断し、開場の南側(京都側)へと列をなして流れており、遠雷も聞こえ始めた。会場でも時折、スコール状の雨が降っていた。明らかに落雷を警戒するべき状況だ。

会場内のスピーカーからは、大会本部が避難を呼び掛けていた。会場周辺のレストランやホテルなどとは協定を結んでいるので、雷を避けて避難するように、というのだ。ytvがあらかじめ雷の危険性を想定して準備していたこと、それを放送で呼び掛けたことは素晴らしい。しかしその直後、耳を疑うような情報が入ってきた。

それは、検査対象のチームは機体を組み立てて検査を受けろ、という指示が引き続き出ているというものだ。チーム間は連絡を取り合っているため、その時点で検査の順番だったチームはいずれも検査を続行する指示が出ていることがわかった。

ytvは「会場内に落雷する可能性があるから避難しろ」という指示と「予定通り機体の検査を行え」という指示を同時に出していたのである。結果として、砂浜に大勢のチームメンバーが人力飛行機とともに検査を受けていた。幸いにも、会場内への落雷はなかった。しかし、生命の危険があることを知りながら、大会進行に影響する場面では参加チームはもちろん多数の番組製作スタッフをも雷の危険に晒していたのである。

「番組製作」は安全に優先

このブログへの感想を綴ったTweetの中に、イベント企画を仕事とされるらしき方から「ショー・マスト・ゴー・オンへの警鐘」というコメントがあった。Show must go on.日本語で言えば「幕を下ろすな」である。ステージやイベントはどんなことがあっても客の前でやり遂げなければならないという、ショービジネス業界の言葉だ。「親が死んでも舞台に立つ」などというのも同じ話だろう。

ショービジネスではそうだろう。そして鳥人間コンテストはテレビ番組である。つまり「面白くて視聴率が取れる番組を製作するに足る収録をすること」が目的のショービジネスなのだ。

ytvは答弁書で「飛行を拒否したことにより、大会運営や番組製作に大きな支障を生じたため、以降、そのような参加チーム側の一方的な都合による無責任な棄権を可及的に防止する」「1チームの内部方針に過ぎない事情より、大会運営全体が左右されてしまうことは、大会の運営に照らして好ましいことではなく」と説明している。これは、スカイスポーツであれば全く問題とされない。何故ならば、どれほど有力な選手であろうと選手の側の理由で棄権したことで大会運営全体が左右されてしまうことなどないし、何より大会運営上最重要のことは「事故を起こさないこと」だからだ。選手が飛びたくないと言っているのに飛ばして、事故が起きたらその方が大問題であって、それに比べれば「選手がひとりも飛行せず大会が成立しなかった」の方がはるかに良い。

何が問題かは明らかだろう。ytvにとってチームの棄権は「番組製作に大きな支障を生じる」から問題なのだ。そしてytvにとって鳥人間コンテストは「番組製作のための大会」だから、番組製作に支障を生じることと、大会運営に支障を生じることの区別ができていないのである。そして、スカイスポーツでは当たり前の「事故防止を最優先した大会運営」をせず、「予定通りに撮影を完遂する」ことが優先されているのだ。

鳥人間コンテスト「選手権」

鳥人間コンテストの、大会としてのフルネームは「鳥人間コンテスト選手権大会」だ。選手権大会とはつまり、誰でも参加できるわけではなく、選考があるということだ。一般的にスポーツの選手権大会は、選考対象となるオープン大会での成績などを判断の根拠とするだろう。オリンピックの出場選手選考などが良い例だ。

鳥人間コンテストの出場チーム選考は、春ごろに行われるytvの書類選考のみである。そして、この選考では能力の高いチームから順に選ばれるとは限らない。というより、ある程度の実力のあるチームを落選させて、比較的実績のないチームが選ばれることも多い。おそらくテレビ番組の構成上、ボチャンと落ちるチームもあった方が面白いからだろうと、鳥人間経験者の間では言われている。

要するに鳥人間コンテスト出場の審査とは、番組出演のオーディションなのである。明確な選考基準がない以上、ytvの機嫌を損ねれば翌年から出られなくなる、と参加チームが考えるのは致し方のないことだ。結果として、エアロセプシーのような有力チーム以外は、ytvに異議を唱えることすらできないのである。

なお、2014年のルールブックには以下のような条文がある。

14 大会実行委員会の絶対権限
(中略)
e 大会実行委員会は、以下の各号いずれかに該当するチームに対して罰則を科することができるとともに、その事実を公表する場合がある。
3 機体の制作、改修、整備等チームの都合で生じた時間的遅延により大会の進行を妨げたとき。
4 大会の円滑な運営および番組上の演出に対する非協力的な行為。

15 罰則
前条により大会実行委員会が科す罰則は以下の通りとする。
(中略)
c 次回大会への出場停止処分
d 大会への無期限出場停止処分

このようなルールが明示されているのだから、不安や問題があっても「ちょっと待ってください」とは言いにくいし、演出のためにチームへ持ち込まれる無茶な要求にも協力せざるを得ない。そして、15条で明記するまでもなく、次回以降の大会に出場できるかどうかはytvの機嫌次第なのである。ルールに基づいた処罰だと明言されたことは、今まで一度もないのだ。

大会出場権を得るための予選などがあれば、出場停止処分になっていないのも関わらず予選の結果に反して落選すれば、それはおかしいと誰でも気付く。だから、選手が大会実行委員会を批判したり楯突いたりしても、それが正当なもので処罰対象でなければ翌年の出場は「実力次第」と言える。鳥人間コンテストはそうではない。危険な罰ゲームでも出演を断らない芸能人のように、参加チームはytvのご機嫌を伺わなければならないのである。

次回は、鳥人間コンテストで重大事故寸前のトラブルが起きながら、ルール改善がされなかった事例を紹介する。

追記(2014年7月23日)

今年の鳥人間コンテスト参加者から、情報提供があった。大会参加者向けの説明会で、このような質疑応答があったという。

「安全上の理由での棄権は認められますか?」
「事務局に申し出て認められればOK、無理に飛べとは言わない」

これを聞いたその情報提供者は、このブログを読んで「ああ、裁判でのytvの主張に沿った説明だったのだな」と感じたと言う。ルールでは棄権できないと書いてあるが、危険な場合にも棄権できないという意味ではないから、危険を感じたら言いなさい、ということだ。
しかし、それでも「申し出て認められれば」である。今回のブログで書いた通りytvの危険に対する認識は、スカイスポーツの常識とはかけ離れている。むしろ、申し出なければ参加者の責任、という点を強調したに過ぎないと言えるだろう。そして14条には、参加者が大会本部の指示に反してゴネること自体が、処罰対象と明記されているのである。