消えた日本の有人宇宙開発

日本の宇宙開発は、内閣総理大臣を本部長とする宇宙開発戦略本部が方針を決定する。しかし、政治家が膨大な案を作成することができるわけではないので、事務局である内閣府に宇宙政策委員会が置かれ、ここで案が作成される。つまり実質的にはこの宇宙政策委員会が、日本の宇宙開発の方針を決定しているわけだ。

以下、宇宙政策委員会の資料はこのページから見ることができる。
http://www8.cao.go.jp/space/comittee/kaisai.html

宇宙政策委員会の中間報告

2013年5月30日、内閣府宇宙政策委員会の第15回会合が開かれた。この会合では、各部会から中間報告が提出され、「平成26年度宇宙開発利用に関する戦略的予算配分方針(経費の見積り方針)」が決定された。その名の通り、これから2014年度予算案を作成するために、日本はどんな宇宙開発をするのかをまとめたものだ。その中に、有人宇宙開発については以下のように記されている。

国際宇宙ステーション(ISS)については、費用対効果について常に評価するとともに、経費を削減する。特に、2016年以降は国際パートナーと調整の上、プロジェクト全体の経費削減や運用の効率化、アジア諸国との相互の利益にかなう「きぼう」の利用の推進等の方策により経費の圧縮を図る。

これが全てだ。日本の国家意思として何をしたいのか、何ひとつ書かれていない。単に「あんまりお金を掛けないでね」と言っているに過ぎない。

どんな議論が行われたのか

有人宇宙開発について、各部会ではどんな議論がされたのだろうか。有人宇宙開発を担当している部会は、宇宙輸送システム部会と宇宙科学・探査部会だ。このうち宇宙輸送システム部会は、将来有人宇宙船を開発するかという部分が含まれるわけだが、来年度予算の目玉は次期基幹ロケット、通称H-3の開発着手だ。H-3は有人宇宙船の打上げにも使われる構想だから、まずH-3に注力したのは理解できる。

問題は宇宙科学・探査部会だ。この部会は第1回の資料にこう記している。

部会の検討事項は以下の通りとする。
(1)我が国における学術を目的とする宇宙科学・探査の研究の動向
(2)上記の宇宙科学・探査の推進体制について
(3)多様な目的で実施される我が国宇宙探査の在り方
(4)国際協力を前提として実施される我が国有人宇宙活動の在り方
(5)その他

つまり国際宇宙ステーションをはじめとする有人宇宙活動はこの部会が担当だ。有人宇宙船が必要かどうかも、そもそも有人宇宙活動が決まらなければわからない。

第2回ではJAXA提出資料として、諸外国の有人宇宙開発の動向が挙げられている。これは議論の前提としてJAXAが事実関係をまとめたものだ。

第3回は、部会意見案として以下のように記された。

「将来的に国際協力を前提として実施される有人宇宙活動に対する我が国の対応については、外交・安全保障、産業基盤の維持、産業競争力の強化、科学技術等の様々な面から検討する」こととなっていることから、引き続き、宇宙科学・探査部会で検討を進める。

項目は挙がっているが内容はない。前回の資料を踏まえた整理は行われていない。

第4回でもこの文面は引き継がれ、そのまま部会意見として採用された。このとき、今後数年間の宇宙科学プロジェクトの計画を記したロードマップが作成されたが、この資料では宇宙ステーション関係については触れられていない。まるで宇宙科学・探査部会はISASとJSPEC関連の計画だけを検討する部会であるかのようだ。

この部会意見が第15回宇宙政策委員会に提出され、予算配分方針になったわけだが、何を根拠に「有人宇宙活動にはあまりお金を掛けないでね」という記述になったのか。部会意見は何も言っていないに等しいのに。

無視された宇宙飛行士

さて、予算配分方針決定後の6月11日に開かれた第5回の宇宙科学・探査部会では、各委員からロードマップに対する意見書を提出し、検討を続けることになった。私はこの部会後の記者会見に出席したのだが、そこで驚くべきことが起きた。

松井孝典部会長が、各委員の意見書を順に読み上げた。6人の委員の意見書を要約して読み上げたあと、最後の山崎直子委員の資料を手に取ると「あと、山崎委員からの資料です」と言って、読まずに置いたのだ。これには内閣府の事務方も各社記者も、えっ、と顔を上げた。

私は慌てて資料を見比べた。他の委員が言っておらず、山崎委員だけが触れている話題が、何かあるのではないか?それは容易に見つかった。

多様な政策目的の宇宙探査、有人宇宙活動プログラムに関しても、本部会で議論することとなっており、ロードマップにも将来的にそれらを反映する。その際、国際宇宙探査協働グループ(ISECG)における国際的なロードマップを参考にしていく。但し、本部会における議論がまだ行われていないことから、今後、ヒアリングや議論を十分にした後で策定してはいかがか。

有人宇宙活動について書いているのは山崎委員だけだったのだ。言うまでもなく山崎委員は宇宙飛行士であり、有人宇宙活動の専門家としてこの部会の委員を務めているのだから、有人宇宙活動に言及するのは当然だろう。しかも、これまで部会で全く議論をしていないことを直球で指摘している。これが読まれなかったことは、あまりにも露骨だ。

宇宙科学・探査部会は、有人宇宙活動について議論する気がない。そして宇宙政策委員会は、有人宇宙活動について「あまりお金を掛けないでね」という以上のことを決める気がない。このことがはっきしりた。

日本の有人宇宙活動の中核は国際宇宙ステーションの日本モジュール、「きぼう」だ。現在のところ国際宇宙ステーションは2020年までの運用が決まっている。その後は参加各国の話し合いが続いているが、国際宇宙ステーションは打上げから20年前後が経過し、老朽化が進む。地上施設も同様だ。単純に使い続けるのではなく、今後何をしたいのかを考えて更新していく必要がある。2020年に何かを始めるには今から開発を始めなければ間に合わないだろう。何をしたいのか、真剣に考えなければならない時期を迎えているのに、宇宙政策委員会はそれを考えないようにしている。

有人宇宙活動は、宇宙開発の中でも一般国民に最もよく知られ、親しまれているもののひとつだろう。費用的にも宇宙ステーション輸送機(HTV)関連を含めて毎年400億円を使っており、宇宙科学関係の250億円より多い。にもかかわらず、今後の方針を何も考えていない。このままでは日本の有人宇宙活動は、老朽化とともに消えてしまう。いや、それをこそ狙っているのではないか。

有人宇宙開発が自然消滅する

もちろん有人宇宙活動には、高い経費を払ってたいした成果を挙げていないという批判もある。有人宇宙活動自体を不要なものと考えて、現在の計画が終了したら有人宇宙活動そのものを終了するという選択肢もあり得るだろう。民間宇宙開発の発展を踏まえて、商業サービスの利用に軸足を移すのも有力な選択肢だ。しかし、そうするにしても政策決定は必要ではないのか。誰も「やめましょう」と責任を持って決定することないまま、JAXA職員や宇宙関連企業、そして宇宙飛行士や大学の研究者達に先の見えない仕事をさせるのか。それが日本政府の科学技術政策なのか。

折しも今、漫画「宇宙兄弟」がアニメや映画にもなって人気を博している。その舞台は2025年のJAXAだ。しかし現実のJAXAには、2025年には宇宙飛行士はいないかもしれないのだ。誰もその責任を負わないままに。