鳥人間コンテスト、あの報道後

※タイトルがわかりにくかったので変更しました。一部のリンクと違っていると思いますが内容は同じです。

ご存知の方も多いと思うが、鳥人間コンテストは今、訴訟のただ中にある。そのことが雑誌記事になり、その内容について私がTwitterに書いたことをかなり多くの人に読んで頂くことができた。なので、そのあたりの話は当該ページを見て頂く方が早いので、繰り返しここには書かない。

女性自身の記事

鳥人間コンテストの事故について、鳥人間の立場から考える

さて、この裁判については一部の関係者の間では当然、雑誌報道前から知られていた。そのとき、関係者が懸念していたのは次の2点だった。

  • 被告側の主張である「スカイスポーツはパイロットの自己責任」が今回は間違いであることを、うまく伝えられるか。
  • 読売テレビが慎重に進めてきたことを「テレビ局は番組収録中の事故を隠蔽した」と非難されないか。

前者は想像通り、現実に炎上した。しかし後者はほとんど見掛けなかった。これは非常に意外だった。
わかってきたのは、鳥人間コンテストという「大会」と、それを伝える「番組」は別のものであって、主体的に行動した大会出場者が番組制作者を訴えるのはお門違い、という理解が一般的だということだ。実際は大会運営全体が読売テレビの「視聴者参加型番組」の制作であり、大会参加者にはほとんど自主的な権限がないにもかかわらず。おそらくこれは、読売テレビ自身にとっても予想外だったはずだ。なぜなら、読売テレビは鳥人間コンテストでの事故が公になることをずっと恐れてきたからだ。

今も闇の中のMeister事故

今回、訴訟になっているのは2007年の九州工業大学チームの事故だが、その前年にも大事故は起きている。2006年、Meister(東京工業大学を中心とする学生チーム)の機体が護岸に激突し、パイロットは足首を複雑骨折する重傷を負った。後遺症も残った。
この後の経緯は、九工大とは対照をなす。Meisterのチームメイトは破損した機体を調査し、また写真や動画を検証し、まさに事故調査報告書と言うべき見事な文書を作成した。この真摯な対応にパイロットも納得したのだろうか、パイロットがチームを訴えることはなかった。言うまでもなく、パイロットは事故のリスクを承知の上で、最高の舞台に立たせてもらっているのだ。その結果が悪いものだとしても覚悟はある。
しかし、読売テレビの対応は芳しくなかった。事故を起こしたのはMeisterであって読売テレビの責任はない、と言ったのだ。これに怒ったのは東工大の顧問だった。「うちの学生に大怪我をさせておいて、責任がないとは何だ」と怒鳴り込んだ。驚いた読売テレビは、Meisterに見舞金を払う。そして、事故を公表しないように「お願い」した。
Meisterはこの報告書を公表するつもりだったようだ。報告書の内容は鳥人間の参加チームがどのように安全を配慮するべきだったか、どうやって責任を負うべきかについて論じた第一級の資料だ。全ての参加チームが読むべき貴重な記録だ。しかし現在もこの資料は、公式には秘密扱いとなっており、Meister関係者以外は閲覧できない。

事故が公になれば番組打ち切り

Meisterの事故報告書が九工大に渡っていれば、翌年の事故は起きなかっただろうか。それはわからないが、九工大とMeisterでは事故後の対応が全く異なっていたことは容易にわかるだろう。九工大では、チームはパイロットに対して何の対応もせず、事故報告書もパイロットの再三の要求でようやく簡単なものを作成しただけだった。大学側も読売テレビに噛みつくどころか、パイロットを放置して被告になった。しかし読売テレビの対応は、別の意味でMeisterのときと異なっていた。
チームとの交渉に業を煮やしたパイロットは2011年になって、読売テレビに仲介を依頼した。読売テレビが事故のことを知ったのはこれが最初だった。九工大は読売テレビに事故を報告していなかったのだ。読売テレビの鳥人間コンテスト事務局は即座に面会を求めた。そしてパイロットの話を聞き、顔面蒼白になったそうだ。若いアシスタントは気分を悪くして退席したという。彼らは事態の重大さと自分たちの責任を即座に理解したのだ。パイロットの川畑さんが私に話したところによると、読売テレビの担当者はこう言ったそうだ。「君のためにできる限り協力する」と。同時にこうも言ったという。「裁判になれば事故のことが公になり、番組は打ち切りになる」と。何とかして裁判をせず円満に解決してほしい、という痛切な願いだった。

そして、何も起きなかった

その後、読売テレビは対応を硬化させる。大学の責任を云々すれば自分達の責任も問われることになると気付いたのだろうか。「鳥人間コンテストは番組制作を目的とした競技会」であって、責任は参加団体にあるという主張に落ち着いた。大会開催に当たっても、参加チームに「安全を自分で確認するように」という通達を回した。事故が明らかになっても読売テレビの責任を問われないように、立場を修正したのだ。
だから、裁判のことが雑誌報道されても、読売テレビは何も動かなかった。読売テレビ側から参加チームに対しての説明もなかった。「公になったら番組打ち切り」にはならなかったのだ。あれほど公表に怯えていたにも関わらず、いざ公表されたら「それは自己責任だから」と流して大会を決行、今日は放送だ。
参加チームにしてみれば、自分達の我を通して番組が打ち切りになったら大変だと思うから、読売テレビの言うことには従ってきた。しかし、それが参加団体に言うことを聞かせるためのハッタリであることに、ようやく気付き始めている…いや、社会人チームはみんなわかっていたけれど、学生はまんまと信じ込んでいた。

報道後の鳥人間達の反応

一般論を思い出してみよう。こういう不祥事を告発した事例でまず起きることは「個別のトラブルを一般化して騒ぐことで全体に迷惑を掛けるな」という、内輪からの非難だ。今回、鳥人間の内輪ではそこまでの過激な反応はなかったが、「九工大は異常だ。普通のチームではこんなことは起きない。だから騒ぐ必要はない」という反応は、主に社会人に多い。
一方で学生チームからは、「安全策に関心はあるが、いま安全策を対外的に論じて読売テレビに睨まれたら、鳥人間コンテストに出場できなくなる」という声を複数聞いた。読売テレビが聞いたら逆に驚くだろう。読売テレビは各チームの責任で安全を考えてほしいのに、これまでの経緯から「事故の話をするのはタブー」というイメージを強固に植え付けてしまったのだ。
そして関係者全員に共通するのは、35年間開催された鳥人間コンテストに依存する構造だ。これほど巨大化し、確立し、そして唯一の存在である鳥人間コンテストが打ち切りになった時、どうしていいかわからない。テレビに依存しなければよりコンパクトな大会も可能、という発想に頭が回らない。だから、番組打ち切りにならないように臭い物に蓋をする。柔道の不祥事や学校のいじめ対応と同じく、問題の存在はわかっていても、みんなで目を背けざるを得なくなっているのだ。

正念場は来年か

今年の鳥人間コンテストは間もなく、無事に終了する。裁判が始まり報道された時点で、今年の鳥人間コンテストは準備が進行していたから、中止という選択肢はよほどのことがない限りなかっただろう。社会的に大きな騒動にならず、むしろ非難がパイロットに向いたことで開催に踏み切ったと思われる。
しかし来年はどうだろう。今年の大会でも、大事故にはならなかったものの事故寸前の危険な状況はあった。それも鳥人間コンテストの一般的なチーム水準から見て、当該チームの安全対策に特段の問題があったわけではなく、読売テレビ側も大きな問題はなかった。あったのは、あとから分析することで来年に活かすべき反省点という性質のものだ。しかし逆に言えば、鳥人間コンテストは手抜きをしなくても大事故を起こす可能性のある、リスク前提のチャレンジだということが改めて確認されてしまった。
人力飛行機と鳥人間はイコールではない。しかし、日本では35年かけて、この2つが一体化してしまった。誰もが鳥人間コンテストという番組を前提にしかものを考えられなくなっている。白紙からものを考え直して鳥人間コンテストが変革できるか。あるいは鳥人間コンテスト以外の選択肢を模索するか。それとも、見なかったことにして来年もそのまま続けるか。または…鳥人間コンテストの歴史が今年で終わるか。鳥人間は正念場を迎えるかもしれない。

放送後追記

本文中に書いた「大事故寸前の危険な状況」は、そのチームの出場自体が丸ごと放送されませんでした。そのこと自体の是非は判断が難しいところですが、後日この危険なフライトについても詳細にレポートしたいと思います。

2014年3月9日追記

本文章に対して「当時、Meisterは事故の報告書を秘密にしていないので、その点は事実誤認である」というご連絡を頂きました。私が秘密と表記したのは、2013年の時点で私に報告書のことを教えてくれた人が「本当は部外秘の資料だ」と説明したためです。

どちらか一方が正しく、一方が間違っているというよりは、報告書を作成した当事者は秘密にするつもりはなかったが、その後私に伝わる過程のどこかで秘密になってしまったのだろうと考えます。なお私はこの件について、たとえ秘密であったとしてもそれを理由に作成者を問題視するつもりは全くなく、このような報告書を作成した努力と見識に最大級の賛辞を贈るものです。

鳥人間コンテスト、あの報道後” への6件のコメント

  1. 大貫様

    本来ならメールあたりで連絡すべきだったのでしょうが該当する
    メールアドレスが記載されていないようなのでコメントします。
    (そういえば訴えを起こした某女史のところもメアド書いてませんが
    最近はblogにメアド公開しないのは流行なんでしょうかね?)

    実は私は九工大のOB(鳥人間とは係わり合いはない)のですが少々
    気になることがありましたので。

    このエントリーの内容自体は概ね納得いく内容なのですが、以下の
    記述について少々お尋ねしたいことがあります。

    >九工大では、チームはパイロットに対して何の対応もせず、
    >事故報告書もパイロットの再三の要求でようやく簡単なものを作成
    >しただけだった。大学側も読売テレビに噛みつくどころか、
    >パイロットを放置して被告になった。

    その1:「九工大では」となっていますがこれを隠避したのはチーム幹部
        および顧問のはずですがこの文章では大学本体が隠避にかかわる
        ようにも読めるのですがそのような証拠はどこにあるのでしょうか?

    その2:「大学側も放置」してとありますがチームの幹部および顧問が隠避
        している以上大学側も動けないのではないでしょうか?

    その3:これが学部や学科もしくは大学本体が立ち上げたPJであれば
        完全に大学側がアウトの案件なのですが、九工大の鳥人間は
        学生が勝手に作り上げたサークルである以上学校側としては
        金は出しても運営には関与できませんがそのあたりはいかがでしょうか?
        (というより学校側が関与して滑空機以下の成績しか出せないプロペラ機
         だったら正直泣きます。せっかく有翼ロケットや人口衛星350V発電
         とかやっている大学なのに)

    その4:某女史は大学側に話合う機会を要請してとか言っているが国立大の
        学務(要するに事務方)に関係者(特に大学OB)を集めて話し合いを
        する権限などありませんし、そのようなスキルもありません。
        これは国立大で体育会とか自治寮にかかわったことのある人間で
        あれば常識の話なのですがそれでも大学側が動くべきだったといえる
        のでしょうか?

    以上、4点気になりましたので問い合わせをしてみました。できればこれらを
    考慮して記述表現を変更していただければ幸いです。

    それでは、長文ご容赦。

    • 大貫です。コメントありがとうございます。

      ご質問の件ですが、内容はまさに裁判で争点となっている点であり、概ね原告側の主張に基づいて書いています。それは以下のとおりです。

      まず顧問は大学職員であり、大学職員の職務上の行為が大学の行為ではない、というのはよくわかりません。実際に法廷では裁判長の提案により、大学に対する国家賠償法の適用を検討しているとのことです。

      次にサークルの運営に大学(顧問)が関与できるかですが、当時の九工大鳥人間チームでは、顧問が設計やチーム運営を指導していたというのが原告の主張です。そうでなければ大学や顧問ではなく、当時の学生だけを訴えればいいはずですから。

      しかしkyutech-OBさんのご指摘は、ほとんどの大学の鳥人間チームであればごく常識的な認識に基づいていると思います。逆に言うと、大学・顧問と学生サークルが責任を押し付け合ってパイロットを放置するというのは、他大学の鳥人間チームから見てもあまりにも非常識なのです。今後、被告側の反論が出揃えば、そちらに基づいた分析記事も書きたいと考えています。なお私は、九工大の有翼ロケットも衛星も担当の先生と面識がありますので「泣きたくなる」気持ちはよくわかります。

  2. 大貫様>

    丁寧な回答ありがとうございます。

    それでは返答おば
    >まず顧問は大学職員であり、大学職員の職務上の行為が大学の
    >行為ではない、というのはよくわかりません。
    顧問が訴えられるということに対しては異論ありません。
    ただ顧問の行為=大学の意向 ではないですし
    (大学側に責任があるとすればサークルの管理責任くらいでしょうか?)
    大学側が隠避していたという証拠にはなりえないと思いますが
    いかがでしょうか?

    >大学に対する国家賠償法の適用を検討しているとのことです。
    大学が音頭を取ってない案件に対して国家賠償法とは・・・(呆)
    まあ痴呆じゃなかった地方裁判所にはアレな判事がいるとは
    聞きましたが・・・高裁却下案件でしょう。

    >当時の九工大鳥人間チームでは、顧問が設計やチーム運営を指導
    >していたというのが原告の主張です。
    上にも書きましたが顧問が訴えられることについては異論は
    ありませんが顧問の行動と大学側の行動とは一致している証拠は
    ないと思いますが?何度も言っているように大学側が全ての
    サークルに対して細かい指示を与えることは不可能です。
    (もちろん学部、学科で音頭を取っている場合は別です。)
    #もっとも先日の筑波大学水泳部の飲酒後に部員が死亡した事件
    のような場合に学校の責任が問われるということはありますが。

    >そうでなければ大学や顧問ではなく、当時の学生だけを訴えれば
    >いいはずですから。
    民事訴訟では個人からの賠償は払わなくても罰則はないわけでして
    事実民事での賠償金や和解金の踏み倒しは日常茶飯事ですからね
    となると金が取れるのは日テレと大学くらいのものですよね・・・
    っていのはゲスの勘ぐりというやつでしょうか?

    >逆に言うと、大学・顧問と学生サークルが責任を押し付け合ってパイロット
    >を放置するというのは、他大学の鳥人間チームから見てもあまりにも
    >非常識なのです。
    これについては同意します。というよりOBとして恥ずかしいというか
    いいようがありません。

    というか個人的には顧問や幹部が訴えられて当然、日テレも苦しいけど
    安全管理を問うという意味では仕方ないだけど大学を訴えるのはいかがなものか?
    というスタンスなもので。

    それでは。

    • コメントありがとうございます。
      kyutech-OBさんは裁判にお詳しいようですね。私は理工系の出身で法律に関しては素人ですから、裁判がどうなるかについて取材結果以上のことは言えません。大学に法的責任があるかどうかは、判決が確定するまでわかりません。また、判決後の支払いについて勘繰るのは私の興味の範囲外です。

      なお、この裁判に日本テレビは一切関係ありません。

  3. どうもこんばんは筋が通ってない人ですw。

    すみません私はしがないSWテスト技術屋なもので自宅の
    PCからしか書き込めなくてこんな時間にしか書き込み
    できなくてどうもすみません。いえ大貫様のように平日昼間の
    勤務時間にツイッターの書き込みなんかしていると服務規程
    違反で懲戒の対象になるものでね。
    (というより普通の会社そうでしょ?ちなみに私はツイッター
    はやっていませんが)

    いやーblogではまともな回答だなと思いきや影でこそこそ何
    やっておられるのでしょうか?というかこんな場末blog見つけて
    いるくらいなんですからツイッターもばれてて当然とは考えなかった
    のでしょうか?なんだか脇甘いのではないでしょうか?
    別にdisるなとは申しませんがせめて見えないところでやってください
    ませんでしょうか?

    あ、分かってて喧嘩売ってるのであれば買いますけど?

    というわけで突っ込みと補足をば

    >僕は、職員が職務上行った行為に組織が責任を負わないというのは
    >理解できないのだが
    職務と言っても大学本体からのトップダウンと単なるサークル活動
    を同じウェイトに載せるということ自体おかしいのではないでしょうか?
    (このあたりの匙加減は裁判で争われる内容になりそうですがね。)

    >「九工大を訴えるのはおかしい」と九工大関係者と名乗る人から
    >わざわざコメントが来るとは面白いものだ。
    単なる私のスタンスを説明しただけですが?文章読んでます?

    >件の九工大関係者は後者。
    筋が通っているいない以前に私がいったことに大貫さん答えて
    ませんね?↓

    その1:「九工大では」となっていますがこれを隠避したのはチーム幹部
        および顧問のはずですがこの文章では大学本体が隠避にかかわる
        ようにも読めるのですがそのような証拠はどこにあるのでしょうか?

    で、証拠はどこですか?もしかして推測で中傷記事書いてるのでしょうか?
    なにかにつけ「コモンガー、サイバンガー」 でごまかしていますけど私が
    一番聞きたい&対処してほしいところはここなんですが。

    #まあいろいろ脱線するようなこと書いた私も悪いのですがね。

    • 私は勤務時間で拘束される労働には従事していませんので、平日昼間にTwitterに書き込んでも差支えありません。また、Tweetは公開していますので、どなたが読むのも自由です。

      http://jimu-www.jimu.kyutech.ac.jp/tusin/vol26.PDF
      大学広報紙で、助教授(当時)が指導したと明記しています。また、自分が鳥人間コンテストに出場したかったのが理由のひとつで、学生に声をかけた、と自ら話しています。こういう活動に大学の責任がないかどうかは、裁判の争点になるでしょう。

      教員と大学本体を個別視する考えは理解できません。私も元サラリーマンですが、職員が職務上行った行為に対して、トップダウンでなければ所属組織に責任はないという考えは聞いたことがありません。

      kyutech-OBさんの主張は拝読しましたが、議論は平行のままと思いますので、コメント欄でのやり取りはこれで終わりにします。

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