リメンバー・パールハーバー

またしても宇宙以外の話題。石が飛んできそうだな。

初めてパールハーバーへ行ってきた。

日本語ガイドツアーを申し込んだけど、最初はまずアリゾナ記念館見学。戦艦アリゾナは日本の真珠湾攻撃で爆沈し、1000名以上の乗員が戦死したという、アメリカ海軍史上最大の悲劇の地。しかもまず映画を見せられ、アリゾナ艦上を通り、歴史展示館を見るという順序。看板やパンフレットには至るところに「Remember,understand and honor」というフレーズが。おお、リメンバー・パールハーバー!これは日本人にとってはヘビーな場所だぜ。ヒロシマを訪れたアメリカ人もこんな気分かい?

映画はまず、アメリカ軍広報の女性が語りかけてくる。ここで起きた悲劇を理解し、アメリカのために死んだ兵士たちをいつまでも記憶しようと。ん?リメンバー・パールハーバー?

そのあとは歴史映像が淡々と流れ、解説される。ナチスドイツと同盟した日本に対する、アメリカ世論の高まり。日本の生命線であった石油の輸出禁止と日米の外交。連合艦隊出撃。運命の日を前にしたハワイの日常。意外なことに、日本が宣戦布告せず「だまし討ち」をしたということは語られない。

※少なくとも僕の英語力では聞き取れなかったし、言ったとしても強調はされていないだろう。ちなみに7ドル払えばレシーバーで日本語ナレーションが聞ける。

そして真珠湾攻撃の状況。レーダーに映った機影にも「心配するな」と危機感のない上層部。港外で特殊潜航艇との戦闘が始まっても警戒態勢を敷かない司令部。そこへ突入する攻撃隊により、炎上する太平洋艦隊。アリゾナ爆沈。救助活動。

どこにも日本への恨みごとはなかった。むしろ、これほどの情報がありながらアメリカ軍は大損害を防げなかったという事実を、淡々と説明していた。最後に短く、「アリゾナでは千名もの犠牲者が出たが、ここで始まった戦争ではさらに百万名もの死者を出すことになる」と説明した。戦争の映像が流れたが、原爆の映像はなかった。第二次世界大戦はパールハーバーの復讐ではなく、日米双方の悲劇として描かれた。でなければ、パールハーバーより桁違いに多い死者の数字を挙げる意味がない。百万という数字自体、日本側犠牲者数を含むものだ(アメリカだけなら30万人台)。

次に訪れたアリゾナ艦上は、言葉に表しがたい。今も艦から1滴ずつ湧き上がる重油が海面にぽつり、ぽつりと広がり、強い臭いを漂わせている。70年を経た今もそこでは、第二次世界大戦が終わっていなかった。

歴史展示館では、当時の世界情勢や日米の戦力、戦闘の模様などが客観的に説明され、日本の優れた兵器や戦術を高く評価していた。死体の写真も数枚はあったが酷さを強調するものではなく、サイズは小さい。むしろアリゾナと赤城の大型模型が並べて展示されるくらい、日米両軍の解説に力が入れられていた。赤城の模型に至っては、飛行甲板には攻撃隊が並び、整備員達が総出で手を振る出撃の様子が再現された勇壮なものだ。太平洋を超えて攻撃を成功させた日本軍への感嘆を表しているようだった。

Remember,understand and honor.

アメリカ海軍は、アリゾナ記念館で「恨みを忘れるな」と言ったのではなかった。悲劇を招いてしまった歴史、なぜそうなったのかを理解し、決して忘れないようにしよう。そして、このような歴史的失敗の中で命を落とした英雄たちの名誉を称えよう。それが彼らのリメンバー・パールハーバーだった。

話は変わる。日本では核兵器について議論しようという話が出ると、広島市長などからこんな話が出る。

「核の恐ろしさを知っていれば、そんな議論は起きないはずだ」

つまり核兵器のことを議論しようとするのは、核の恐ろしさを知らないからだというわけだ。核以外でも戦争や軍備、兵器について考えること自体を「戦争好き」と揶揄する平和論者が多い。

しかし、だ。悲劇の恐ろしさを知っていれば悲劇は繰り返されないのだろうか。恐ろしさだけを語り継いでいけば、戦争のない世界が来るのだろうか。

戦争を招いてしまった人も、ほとんどは戦争を起こしたかったわけではない。最もましな選択肢を選ぼうとして、戦争を起こしてしまった人がほとんどだ。小さな戦争に抑えようとして大きな戦争に発展してしまったこともあるだろう。彼らは好戦的だから戦争を起こしたのだろうと蔑み、自分達は戦争を憎んでいるから戦争など起こさないと考えるのは傲慢ではないか。

Remember,understand and honor.

戦争も、巨大事故も、悪意を持った愚か者が起こしたのではない。国のため、国民のためと努力してその地位に就いた者が、最善を尽くした結果起きたものだ。その事実を直視せず、自分は彼らのように愚かではないと考える者に、歴史は次の災厄を用意するのだろう。

ロクデナシの特例公債法

長いこと放置した上に、いきなり宇宙とは関係のない話で申し訳ない。関係なくもないけど。

ようやく特例公債法の目処が立ったようだ。特例公債法がないと国債を発行できない。今の国の収入は半分以上が国債だから、国債が発行できなければ国の財政が麻痺して大変なことになる。

ところで、そもそもどうして特例公債法なんてものが必要なんだっけ。「もと公共事業担当公務員だった者として」強調して確認しておきたい。

財政法第4条には、「国は借金を財源にしてはいけない」という趣旨のことが書いてある。つまり、国債を発行するのはそもそも違法行為なのだ。国債を発行するためには財政法を改正するか、あるいは例外を定めた法律を別途作る必要がある。そこで「今年はどうしても止むをえないので、今年に限って借金を認めます」と例外を定めるのが特例公債法だ。こうやって発行される国債を赤字国債という。

つまり個人に例えるなら、「今後、お酒は飲みません」と約束を書いた掛け軸を飾った前で「今夜に限って晩酌を許可します」という紙を毎晩書いているわけだ。だから午後(秋)になると、臨時家族会議(国会)を召集するのが日課だと。なんとだらしのない人でしょう!

ところが財政法には、国債を発行して良い例外が定められている。それは、公共事業費に充てる場合だ。道路を建設するために借金をしたとしても、その道路は今後何十年も先まで使われる。小さな子どもも、これから生まれてくる子どもも道路を使う。だから現役世代だけではなく彼らにも負担してもらいましょう、というのが趣旨。こういう国債は建設国債という。

もちろん実際には将来役に立たないものもたくさん作っちゃったわけで、それは節度や合理性に欠けていた。特にバブル崩壊後、景気対策として要らんハコモノをじゃんじゃん作っちゃった。そこで、財政再建の中で「建設国債を発行して公共事業をするのはやめましょう」ということになったのだが、もともと公共事業のために借金をする理由自体は筋は通っている。

それでは、現役世代の生活に使うお金、あるいは既に退職した人のために使うお金を、借金で賄うことにいったいどんな大義名分があるというのだろうか。どれほど生活が苦しくても、我々は「今あるお金」で生活し、借金をするのであればそれは子どもたちのためだけに使うのだという気持ちを持つべきではないだろうか。なのに、公共事業の方が「誰かが甘い汁を吸うための無駄な金」であるかのように言われ、福祉に使うことの方が正義であるかのような安易な理屈を付けて、自分達が甘い汁を吸うことばかり考えてきたのではないか。

「公共事業は無駄だ」と言って削り、税金を福祉に回すのがこの20年ぐらいのトレンドだった。でも公共事業に携わった者として、声を大にして言いたい。公共事業は本来、未来の日本を豊かにすることが目的だった。なのに、公共事業費の乗数効果を現役世代の雇用に充てることばかり考えてきたのが、そもそもの間違いではなかったか。公共事業を削った結果、雇用が失われて福祉に費用が掛かり、そのために国債を発行する。でも、福祉では何も残らない。
今の時代、次の世代に残せるものは公共事業だけではない。科学技術もそうだし、教育や様々な制度改正も役立つだろう。破壊された自然の復元や放射性廃棄物処理のように負の遺産を片付けることも、大切な公共事業だ。こういうことは建設国債と同様、借金をしてでもやる価値があるだろう。

特例公債法が通れば、今年度予算は息を吹き返す。しかし、それは「今日のお酒を飲めるのは、子どもたちのおかげです!」とツケで飲み食いしているロクデナシと変わりがない。どうせ借金しないとその日の生活もできないのであれば、せめて子どもたちに残せるもの、子どもたちを育てることに多く使うべきだ。

結論としては「借金するなら子どもたちのために」という、ごくありふれた話になってしまうのだが、そもそも借金は法律で禁止されているんですよ、ということを確認しておきたかった。

ちょっと長めの自己紹介

さて、宇宙開発の話を始める前に、僕のスタンスというか、基本的な考え方を話してみたい。僕の基本的な考え方が作られたきっかけは、大きく分けて3つあると自己分析している。

1つめ。意外に思われるかもしれないが、僕は宇宙飛行士になりたいと思ったことは一度もない。もともとは単に僕が近眼で、1985年の最初の宇宙飛行士選考基準から外れていたからだと思うが、その後緩和されても宇宙飛行士になりたいとは思わなかった。余談だが、金井さんが宇宙飛行士に選出されたときは「日本初のメガネ宇宙飛行士!」と喜んだものだ。

逆に言えば「たとえメガネでも宇宙へ行けるようになって欲しい」というのが僕の出発点だった。そこから広がると、たとえ勉強ができなくても、性格が良くなくても、近眼よりもっと大変な心身の障害がある人でも、あるいは大金持ちではなくても宇宙へ行けるようになって欲しい。そうなれば、僕は努力しなくても宇宙へ行ける、と考えたのである。かつて偉大なる人生の師、野比のび太は言った。「べんきょうして発明するんだ、べんきょうしなくても頭が良くなる機械を」。うん、まさにこれである。

2つめに、僕が高校時代から過眠症になったというのがある。もっとも過眠症だということを診断されたのは30歳頃のことで、それまでは自分が過眠症だとは気付いていなかった。過眠症というのは充分な睡眠をとっていても、ふとした眠気を我慢できない脳障害だ。いわゆる睡眠時無呼吸症候群のように、睡眠不足から来る眠気ではない。誰でも昼間にふと眠気が来ることはあるだろうが、それがノーブレーキで睡眠状態に突入してしまうのが過眠症だ。つまり、睡眠のスイッチが故障しているわけ。

高校受験では4校受けて第三志望で引っ掛かるという惨状だったが、4校中1校しかなかった私立大学附属校に入学することになったのは、後に考えると奇跡的なラッキーだった。高校に入ると授業では居眠りしてしまい、全くついていけなくなったからだ。まず英語ができなくなり、文系科目の成績がどんどん悪くなった。理数系は、高校レベルなら勉強しなくても普通の点数は取れた。しかし大学へ進むと、数学や物理もわからなくなった。

そんなわけで、大学生ぐらいから「計算しなくても大掴みで結論を導く」という考え方をするようになった。また鳥人間コンテストに出るようになり何かの間違いでチームリーダーをさせられると、自分で計算するよりも、僕より優秀な仲間や後輩が言っていることの調整をするほうが仕事になった。

3つめは、もともと僕がひねくれ者だということだ。幼いころから僕の周囲の人は、僕が人と違うことをするのを喜んでくれた。そんなわけで、僕は「みんなが好きな普通のこと」より「みんなが知らない面白いこと」の方が楽しいと思うようになった。ところがさらにひねくれたことに僕は、みんなが知らないから面白いにも関わらず、それを「知らなかった人が面白がってくれる」のがさらに面白いと気付いてしまったのだ。だから、興味を持ってくれた人には親切を通り越してお節介にもなるし、気がつくと自分の話ばかりしてしまう困った人になったりもするのだが。

結果として鳥人間、宇宙、パラグライダーが僕のライフワークになっているが、共通しているのはこれらの3つのスタンスだ。つまり、「自分がヒーローになりたいとは思わない」「わかりやすい言葉でシンプルに考えて伝えたい」「僕が面白いと思うことに共感してもらったとき、楽しくて仕方がない」だ。なので、そういう話を聞いて面白いと思う方がこのblogを読みにきてくれれば、それはとても嬉しいなって、思ってしまうのでした。

blog始めました

ようやく、blogを立ち上げました。
ここ2年ほどはTwitterを中心に情報発信をしてきましたが、ありがたいことに「もっと長い文章を読みたい」「流れてしまうともったいない」というご意見をたくさん頂きました。そこでblogを始めたというわけです。
メルマガも考えましたが、過去のものも簡単に見られること、時系列の記事だけでなく固定ページも書けることなどを考えて、blogにしました。
なので、普段は引き続きTwitterなどで情報発信し、まとまった話はblogで発信、という形をとっていきます。また過去に好評だった話も、加筆修正して載せていこうかと思っています。

なお、見ての通り、WordPressのデフォルト設定そのままでスタートしてしまっています。こういう設定がいいよ!テーマはこれがおすすめ!といったアドバイスを頂ければ幸いです。

では、末永くよろしくお願い致します。