鳥人間コンテスト事故の深層 第4回:九工大と平木准教授の主張

ここからは九州工業大学と、顧問である平木准教授の主張を見ていこう。

第1回で述べたように、九工大と平木氏は同一の弁護士を通じて、同一の主張書面で回答している。訴状では平木氏個人と九工大を別に記しているので、平木氏と九工大が同じ立場で主張する必要はないのだが、彼らはあくまで一体の立場で主張しているわけだ。以前にこのブログへのコメントで「教員個人の行為と大学を混同するな」という趣旨のことが書かれていたが、実は私も同意見だ。教員個人の行為と大学を一体視している九工大に疑問がある人は、私より九工大に文句を言った方が良いだろう。平木准教授の行為がサークル顧問として適切であったかどうかを確認する責任は、大学側にあるはずなのだから。

さて主張の内容だが、第1回の準備書面にその趣旨が端的に記されている。

「被告平木は、KITCUTSにおいて人力飛行機の設計・製作につき指導・監督する立場にはなく、実際、指導・監督したこともなかった。」
「被告平木の専門は宇宙工学及び機械工学であって、人力飛行機の設計・製作を専門とはしていない。」
「そもそも、人力飛行機の設計・製作の専門家ではない被告平木がKITCUTSの行う同設計・製作に対し、指導することなど不可能である。」
「被告平木にとっては、人力飛行機の設計・製作は、自己の研究対象ではないのであるから、KITCUTSはあくまで大学における通常の部活動と同等のものにすぎないのであって、その顧問である被告平木は、主としてKITCUTSが鳥人間コンテストに参加するための活動を支援する事務手続等をしているだけの存在である。
よって、被告平木は、KITCUTSの活動に際して、KITCUTSの構成員に対し、指導・監督する義務はない。」

つまり、整理するとこういうことだ。

  • 平木准教授は人力飛行機の設計・製作を研究しておらず、学生の活動に口も手も出していないし、する能力もない。
  • 平木准教授はサークルの顧問として、事務手続きをしていただけである。
  • サークルの顧問には、活動を指導監督する義務はない。

義務も能力もないから関与していない、というのが主張だ。しかし、義務も能力もない者が自分の意志で関与することは可能だ。関与すれば、起きた結果には責任がある。

学生鳥人間チームの顧問とは

学生鳥人間チームの多くは、顧問が活動に関与する度合いは少ない。大会出場までの活動計画、設計や製作、試験飛行などは学生達が自主的にやっている。顧問の関与は主に事務手続き的なことだが、大学によっては積極的に活動を応援するために補助金を出したり、大会に顧問が応援に来たりするが、あくまで応援だ。よほどのこと、たとえば未成年者の飲酒などない限り、顧問が口を挟むことはないだろう。その意味で、九工大・平木氏の主張は鳥人間に限らずサークル活動として一般的なものだ。

ただ、活動を指導監督する義務はない、というのはどうだろう。普通、事故を未然に防止するのは常識的な注意にとどまっても、大事故が起きたあとにも何の指導もしないものだろうか。

事故調査を拒否して機体を処分

チーム側の主張文書には、なぜ事故が発生したのかという具体的な説明は何一つ書かれていない。前回挙げたように、チーム側は手紙に書かれた事故原因について「そもそも、本件人力飛行機は残存していないのであるから、同書が、科学的データに基づいた分析ではないことは明らか」と書いている。機体の破損状況の写真も撮らず、どこが壊れたのかを調べもしていないのは、パイロットに怪我がなくても通常考えられない。なぜ設計担当者が「科学的データに基づく分析」を一切していないのか。

大学公認サークルの活動で、学生が入院を要するほどの怪我を負った。しかも事故現場には顧問も居合わせた。このような状況でサークルを活動停止にもせず、機体の調査も学生への聞き取りも行わず、事故調査報告書も作らせないというのはかなり異常ではないかと、私は思うのだが。

川畑さんの説明によれば、川畑さんは事故後、平木准教授に「事故原因をきちんと調べて報告させてほしい」と何度も訴えた。しかし、平木准教授は「学生達に責任を負わせることはできない」と断ったという。「私も学生なのに、私一人が責任を負うのは良いのですか」と食い下がっても聞き入れられなかったと。

事故後に何の調査も行われず、機体が処分されたのは何故なのか。あるいは、本当に調査は行われなかったのだろうか。

平木准教授は何をしていたのか

一般的な鳥人間チームでは、顧問には学内手続きの書類作成と挨拶ぐらいでしか会わないものだ。では平木准教授はどうだったのか。

前回も書いたように、チーム側は顧問の関与について、あるともないとも一言も触れていない。一方で原告側は、顧問としての責任を訴状に記しているが、それ以上のことは主張していない。顧問とチーム側の関係については、チーム側が主張するべきことだからだ。だから九工大・平木氏の主張は「顧問にはサークル活動に常時関与する義務はない」という簡潔なもので終わっている。

しかし川畑さんの弁によれば、「平木准教授は自分が鳥人間コンテストに出場したくて学生を集め、指揮していた」のだという。確かにサークルの顧問には常時関与する「義務」はないが、自分が「やりたくてやっていた」のであれば話は別だ。

チームのそもそもの発端については、九州工業大学の広報誌「九工大通信」に記載がある。発行は2005年10月なので、KITCUTSが初出場したときのものだ。その冒頭でこう書いてある

―鳥人間コンテストへの出場を思い立ったきっかけを。
平木 私自身が出場してみたかった、というのが理由の1つです。私の学生時代には、こういったコンテストに大学として参加するということが主流ではなく、出場機会がありませんでしたから。もう1つは、九工大を全国区にしたいという思いですね。私は2年半前に神奈川県から北九州に来ましたが、それまであまり九工大のことを知りませんでしたし、実際それほど知られていません。全国に広めるにはテレビで取り上げてもらうのが一番だと考え、学生に声をかけました。
井手野 僕は大学に入ったら鳥人間に挑戦してみたかったのですが、九工大の航空部はグライダーを飛ばすところで、ちょっと違っていました。先生が開かれたミーティングに参加して、ぜひやってみたいと。

普通に読めば、言いだしっぺは平木氏であり、平木氏が開いたミーティングに集まった学生(井手野氏は2005年当時のメンバーであって、今回裁判の被告ではない)がKITCUTSの初代メンバーだ。鳥人間コンテスト初出場は2004年で、平木氏が九工大に着任したのは2003年度だから、着任した年度に早速、学生を集めてチームを結成したことになる。

特殊な設計の「初出場機」と学会発表

同じ2005年10月29日には、日本航空宇宙学会西部支部において井手野氏、平木氏、そしてチーム側被告の1名である古賀氏の連名で「先尾翼式人力飛行機の飛行特性に関する実験的考察」という発表を行っている。これについて平木氏主張文書では「井手野の発表に協力しただけ」「平木の研究テーマである空力技術に資する考察であるならば、機体の形状を先尾翼式に限定する必要はない」「自分で人力飛行機の研究をしているなら翌年以後も発表を続けるはずだが、していない」と、実質的な関与を否定している。

ということなので、科学技術振興機構から論文を取り寄せてみたところ、こんなことが書かれていた。2005年のKITCUTS機の特徴は先尾翼と「winggrid」という構造を取り入れることにより、主翼幅を18mと短くすることができたとある。

このwinggridというものは、航空機に詳しい人でもあまり見たことはないだろう。世界的にも非常に採用例の少ないものだ。

winggridを紹介しているページ

私はこの機体が2004年の鳥人間コンテストに登場したことをよく覚えている。winggridを装着した人力飛行機など見たことがなかったが、この機体のwinggridは18mの主翼のうち、片側2.5mずつを占める巨大なものだ。winggrid部を除いた主翼は13mしかないという、きわめて挑戦的な設計だ。初出場でずいぶん思い切ったことをしたものだなと驚いた。(2004年は強風で飛行できなかったので、2005年が実質的初出場)

翼端の性能改善方法はウィングレットという小さな翼などがあり、鳥人間チームでもよく使われている。チーム側準備書面によれば、KITCUTSは航空力学をかじっただけの「素人集団」である。にもかかわらず、初めて人力飛行機を作る大学生が、こうも大胆にwinggridを採用するものだろうか。「空力技術」に詳しい人がメンバーにいて、チームをリードしたとしか考えられないのだが。

また、この井手野氏の発表の趣旨は先尾翼に関するものだけで、winggridはテーマではない。設計リーダーであった井手野氏にとって、winggridはあまり重要ではなかったのだろうか。ではwinggridという大胆なチャレンジは誰の発案だったのだろうか。

そして確かに、2005年のこの発表を最後に、学会での発表はない。次にKITCUTSが鳥人間コンテストに出場したのは2007年であり、まさに大事故が発生した年なのだ。離陸前に壊れてしまった飛行機では、論文を書こうにも書きようがないだろう。

事故4か月後に語られた「平木の野望」とは

ふたたび、事故が起きた2007年の話に戻る。事故の責任を巡って関係者が揉めているさなか、11月24日に平木准教授は講演を行っている。

明専会大阪支部総会

明専会とは、九州工業大学(創立時の名称は明治専門学校)のOB会のようだ。そこで平木准教授は「鳥人間コンテスト指導教官」として「九工大・平木の野望、そして迷い…」という題目の講演を行った。事務手続きを行っただけのサークル顧問が「鳥人間コンテスト指導教官」と名乗ったのだとすれば誇大表示の印象を受けるが、その内容が「平木の野望」となると、ただの顧問がどんな野望を持っていたのだろうかと大変興味深い。この講演を聞かれた方がいらっしゃったら、内容をお知らせいただければ幸いだ。

何も知らされない後輩達

実際の設計・製作に関してはどうだったのだろうか。川畑さんの弁では「平木准教授が指示し、平木准教授の許可がなければ何も決定できなかった」と言う。一方平木氏の主張では「指導・監督したこともない」「専門家ではないので指導不可能」としている。どちらが正しいのか。

2007年当時の状況については、チーム側が何も説明しないのでわからない。そこで2013年秋、私は現在の九州工業大学KITCUTSの複数の現役学生に、現状を聞いてみた。すると「いま、設計担当の学生が作成した設計案と平木准教授の案で対立していて、話し合いの最中」という答えだった。彼らの話を総合すれば、平木准教授は2005年以後「人力飛行機の研究をしていない」し、2007年の時点では「指導も監督もしたことがない」「研究していないので指導できない」状況だったが、2013年には「学生とは違う設計案を作成」して「学生は自分の設計案を平木准教授に交渉していた」ということになる。

そしてもうひとつ驚いたのは、KITCUTSが2014年の鳥人間コンテスト出場を目指して活動していたことだった。学生達によれば、平木准教授は「良い設計をして良い機体を作れば書類審査に合格する」と叱咤していたという。しかし、2013年から行われている裁判では、当時の学生が「責任は読売テレビにある」と主張し、平木准教授は「顧問には指導する義務はない」と主張している最中だ。

事故の後、2008年と2010年にKITCUTSは鳥人間コンテストに出場している。しかしこの間、読売テレビはKITCUTSから前年の事故の報告を受けていない。平木准教授との話し合いに業を煮やした川畑さんが読売テレビに協力を求めた後、驚いた読売テレビは事情聴取のため平木准教授を訪れている。

実情を「知っている」読売テレビが、現在も平木准教授が顧問を務めるKITCUTSを合格させるとは考えにくい。実際、2010年の出場を最後にKITCUTSは落選を続けている。大会がなかった2009年を除く6年間に5回も合格したチームが、その後4年連続で落選するのは異例だが、状況を考えれば当然だろう。KITCUTSの学生達は4年間にもわたって、出られるはずのない鳥人間コンテストを夢見て活動を続けてきたのだろうか。

サークル、研究室、就職の利害関係

ここまでの情報を総合すると、私には「平木准教授は手続き上のサークル顧問ではなく、自分が鳥人間コンテストに出場したくて学生を集め、自分の趣味でwinggridなど鳥人間コンテストでは特殊な設計を次々に取り入れ、自分が示した方針以外を学生に認めず、自分の考えの枠内で学生に鳥人間チームの活動をさせた」というように見える。少なくとも私が会ったKITCUTS関係者(川畑さん以外も)に聞く限りは、そうだ。

しかし平木准教授は、自分はKITCUTSの単なる顧問であって、実際の設計製作には関与していないと主張する。大学のサークル活動ではよくあることだし、鳥人間サークルでも一般的な状況だということは先に書いた。では、サークルの主要メンバーが卒業研究や大学院で、単なる顧問であるはずの教員の研究室に入るのは一般的だろうか。

今回の裁判の被告であるチーム側学生達は、鳥人間サークルKITCUTSの元メンバーであり、平木研究室の元学生でもある。そして現在はいずれも航空宇宙系の一流企業に勤めている。文系学生の就職活動と異なり、理系大学院生の就職活動は大学、特に教員の個人的パイプが非常に重要だ。

鳥人間サークルに入り、研究室に入り、一流企業への就職を斡旋されて、現在は旅客機などを作りながら裁判では「絶対安全な飛行機は作れない」「飛行機の安全確認のために飛行試験をする必要なはい」と主張する。そう主張しなければならない理由が、おぼろげに見えてくる。

鳥人間コンテスト事故の深層 第3回:チーム側主張の謎

※前回まで「答弁書」と書いてきたものは、答弁書以外にも公判準備書面を含むというご指摘を頂きました。そこで、今回からは答弁書や公判準備書面を含む、裁判に提出された被告主張を「主張文書」と表記することにします。

チーム側が書いた「お詫び」

前回書いたように、チーム側、すなわち事故当時にチームリーダーや設計担当者を務めていた学生達が裁判に提出してきた主張文書は、筋が通らないばかりか鳥人間コンテスト参加者を自ら愚弄するような、不自然な内容だった。そしてそれは、他の資料などから私が感じた彼らの「キャラクター」とは大きくかけ離れている。

彼らチーム側は一度だけ、川畑さんの母親に手紙を書いている。その手紙も証拠として裁判に提出されているが、本来私信ということもあるので、今回は原文の掲載は控えようと思う。ただ、この手紙から私が感じたのは、彼らは「真面目で誠実で気が弱い、どこにでもいる普通の理工系大学生」だということだ。彼らは彼らなりに責任を感じ、自分達の配慮や努力が不足していたことを反省していると、書面にしたためていた。

川畑さんの話によれば、事故後に彼らと直接会ったのは1回きり、入院中の病院に見舞いに来たときだという。その時はまだ病状が重く、絶対安静だったということもあってか、彼らは衝撃を受けた様子でずっと黙ったまま、花束だけを置いて帰ったそうだ。その後、川畑さんは「何故、このような事故が起きたのか説明して欲しい」と顧問の平木准教授に訴え続け、ようやく平木准教授を経由して母親宛として出してきたのが先ほどの手紙である。

このようなチーム側学生達の態度に、川畑さんは激怒していた。事故後ずっと対面を避け、いくら要求してもろくな事故調査もせず、謝罪文1通で済ませようとしていると。しかし私は強い違和感を覚えた。確かに、取り返しのつかない大怪我をさせてしまったことにショックを受けたからと言って、逃げて済むものではない。だがそれも、取り返しがつかない大失敗だからこその逃避と考えれば一応理解はできる。そのような小心者の連中が書いたにしては、主張文書はあまりにも攻撃的だ。

自分自身を罵倒する主張

主張文書を振り返ってみる。安全性確保のために試験飛行をするべきだった、という問いには「飛行試験の目的をはき違えた的外れなものと言わざるを得ない」と切り捨てる。機体の強度が不足していたと言われれば「人力飛行機の性質につき何も理解していないと言わざるを得ない」と返す。パイプの太さを指摘されれば「パイプの太さのみに基づく原告の主張は、あまりに脆弱な立論であり、人力飛行機に対する原告の無知を露呈したものであると言わざるを得ない」と罵倒する。私には、いくら裁判に勝つためとはいえ、あの謝罪文を書き、病室で何も言えなかった彼らと同じ人格が書いたとは思えないのだ。

しかしよく考えてみると、彼らの主張文書で罵倒されているのは原告の川畑さんだけではない。主張文書によれば、彼ら自身は航空力学を「独学でかじった程度にすぎない」のであり、「KITCUTSは鳥人間に関し、何ら専門性を有する団体ではない」という。さらに、事故報告書代わりに書いた手紙に関しては、こう切り捨てた。

謝罪文である同書は、当然、原告の感情を慰謝すべく、あたかも被告古賀らに本件事故の責任の所在があるような記載となっているが、客観的には、事実と異なる箇所、何ら理論的に裏打ちされたものではない被告古賀の推測箇所及び誇張した箇所が多数存在するのである。
また、同書は、被告古賀の一個人としての意見であり、KITCUTSが検討協議のうえ出した結論ではない。そもそも、本件人力飛行機は残存していないのであるから、同書が、科学的データに基づいた分析ではないことは明らかであって、被告古賀自身が、結果論的に推測を述べたものにすぎないことは明らかである。そして、鳥人間の性質上、機体の改良点はコンテスト後の反省を踏まえればいくらでも見つかるものであることは自明である。
したがって、同書記載の内容は、事実とかけ離れたものであり、何らの信用性を有するものではない。

改めて確認しておくが、ここに書かれている「被告古賀」とは、この主張文書を出したチーム側の1人である。主張文書では、「被告古賀」は川畑さんの怒りを鎮めるために、仲間と相談もせずに事実とかけ離れたことを書き連ねたのであって、そんな謝罪文は信用に値しないと断言しているのだ。もし気持ちが昂って不正確なことを書いたのだと言いたいのだとしても、古賀氏をこれほどまで貶める必要があるとは思えない。

これらを併せて考えると、この主張文書では一貫していることがある。KITCUTSという学生チームのメンバーが、原告被告に関係なく「無知で論理性がない」と罵倒されているのである。そしてこの文章を書いた人は、川畑さんもチーム側も「人力飛行機を理解していない」「航空力学の知識がない」と言っているわけだから、自分は理解しているのだろう。だから、知識がないはずのチーム側が、原告の知識を罵倒するという矛盾が生じてしまっているのである。

透けて見える「隠れた顔」

私はこの事件について最も多くの話を聞いた相手は、原告の川畑さんだ。当然川畑さんは、被告であるチーム側に対して強い怒りを持っているから、彼らに対しては強い口調で非難する。擁護するつもりで話しているのではない。しかしそれを第三者の目線で聞いていると、チーム側の彼らの違う面ばかりが見えてきてしまったのだ。

特に強い印象を受けたのは、彼女がチーム側の学生達のことを「顧問の言いなりで自分では何も決められない人達」と怒っていたことだった。彼女曰く、設計もスケジュール管理も顧問の許可が必要で、パイロットとの打ち合わせでも結論を出せず顧問に確認を取っていたという。事故後のやり取りも全て顧問経由で、冒頭の手紙も顧問を経由してのものだったというのだ。

通常、鳥人間コンテストの学生チームは学生の自主的な活動で、設計やチーム運営は学生の手で行われる。大学側からの活動の支援の程度によって顧問の関与度合いは様々だが、大抵は金銭面などの支援であって、日常的に指示を出している例はあまり聞かない。非常に異様な感じを受けたが、川畑さんは私からそのことを指摘されるまであまり意識していなかった。鳥人間チームが顧問から指導されることに違和感を感じないほど、川畑さんの主観では日常的なことだったようだ。

しかしチーム側の主張文書には、顧問との関係は一切書かれていない。そもそも設計やチーム運営などがどのように決定されたのかというプロセス自体が一切書かれていない。書かれているのは、ただひたすら罵倒するように、原告主張も被告の過去の発言も切り捨てることだけだ。

では、顧問である平木准教授は、チームとの関係をどう主張しているのか。次回はその点を明らかにしていく。

鳥人間コンテスト事故の深層 第2回:チーム側の不自然な反論

この事件に関心がある方々で、チーム側(前回定義した通り、当時の学生チームのリーダー達)に同情的な意見を持つ方は、こんなふうに考えるのではないだろうか。

「鳥人間コンテストは最終的には湖に落下する競技であり、どれほど注意深く人力飛行機を作っても、パイロットが負傷する可能性はある。その結果、負傷の程度が予想以上だったとしても、パイロットはそれをもともと承知していたはずではないか」

もし私が彼らの側だったとしても、そのように主張するだろう。しかし、彼らの主張はそれとは大きくかけ離れていた。今回は、彼ら「チーム側」の主張を見てみよう。

「責任は読売テレビにあって参加者にはない」と主張

責任に関する、チーム側の主張はこうだ。KITCUTSは航空工学をかじっただけの素人集団である。鳥人間コンテストは素人が出場する大会であり、そのためにプラットホームを設けて離陸を容易にし、誰でも気軽に参加できるようにしている。また、うまく飛べずに落ちるチームも毎回放送し、プラットホームから落下する様を見せて楽しませるという面もある。読売テレビが「素人である参加者に代わって機体の安全性を十分に審査・確認する義務を負っているものであり、参加者が高度な注意義務を負うことはない」と主張した(以下、斜体文字は答弁書原文引用)。

つまるところ、原告である川畑さんが「責任の一端はチーム側にもある」と主張したのに対し、チーム側は「自分達は素人であり、鳥人間コンテストは落ちることも楽しんでいるのだから、責任は自分達にはなく、読売テレビにある」と主張したわけだ。

第三者がこういうことを言ったら、おそらく多くの鳥人間コンテスト出場者は侮辱だと感じるだろう。鳥人間チーム、特に設計やチーム運営に当たる者は、未熟な大学生ながら必死に航空工学を学び、先輩や他のチームに教えを乞い、全力で人力飛行機を作り上げる。それが時には、はかなくも落下するからこそ、本物の悔し涙を流すのだ。
素人が誰でも気軽に参加して落ちることを楽しむ大会なんだから失敗してもいいだろう、事故があったら読売テレビのせいだ、などと考える者はいない。いくら裁判での反論と言っても、そこまで自分達の過去の活動を貶める必要があるのだろうか。

設計は適切だったか

原告側は、機体の設計ミスが破損の原因であると主張した。まずこの設計について見てみよう。
人力飛行機の主翼は、「主桁」と呼ばれる頑丈な構造に、発泡スチロールやフィルムで肉付けして作られるのが一般的だ。翼が折れないように大きな力に耐える主桁には、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)のパイプが使われる。航空宇宙分野やスポーツ用品で使われる材料で、「カーボン製」と言い換えた方が馴染みがあるかもしれない。

近年の人力飛行機は、翼の幅が30m前後と非常に大きい。大きくなるほど翼を曲げる力は強くなるので、頑丈なパイプを使わなければならない。しかし事故機の設計図を見ると、主翼が折れた箇所のパイプの直径は60mm未満しかない。一方、やはり30m前後の主翼幅がある多くのチームの図面を見ると、この付近のパイプ直径は100mm前後である。直径が6割程度しかないのだ。
丸パイプの場合、厚みが同じであれば強度は直径の2乗に比例する。直径が6割であれば、曲げに対する強度は1/3程度しかない。
念のため、複数の優勝経験チームの設計担当者に、この図面を見てもらった。彼らは絶句し、次に「この設計で、もつとは思えない」と口を揃えた。次いで、念のため設計プログラムを使って検証してもらったが、エラーが出てしまった。歪みを計算するためのプログラムなので、壊れるほど大きな歪みではプログラムの想定範囲を超えてしまったようだった。

「原告は人力飛行機を理解していない」と主張

チーム側の反論はこうだ。人力飛行機は、軽く作らなければ飛ぶことができない。パイプは細いほうが軽いのが当然だ。細ければ弱い、などということはない。細くてもパイプの厚みがあれば同じ強度は保てるのだ、と。

この反論も、鳥人間経験者や構造エンジニアであれば失笑ものだろう。「細いほうが軽い」「厚ければ強い」というのは正しい。しかし同時に「細いほうが弱い」「厚ければ重い」である。では「細くて厚い」パイプは重いのか、軽いのか。
先ほど説明した通り、厚みが同じならパイプの強度は直径の2乗に比例し、重量は直径に比例する。従って、厚みが同じで太さが6割のパイプは、強度が約1/3で、重量は6割となる。
次に厚みについて考えてみると、強度は厚みに比例し、重量も厚みに比例する。先ほどの「直径6割パイプ」の強度が元のパイプと同じになるようにするには厚みを3倍にすればよく、重量は約2倍になってしまうのだ。強度が同じなら、細くするとパイプは重くなるのである。軽く作るために細くしたのであれば、同じ材料で同じ強度を保つことは不可能なのだ。

さらに、チーム側はこう主張した。
鳥人間コンテストディスタンス部門の主目的は、当然に飛距離を伸ばすことに求められる。原告のこれまでの主張は、鳥人間を飛行させ、飛距離を伸ばすという本来的な目的を忘れた、ただ機体の強度のみに注視した主張であり、前述のような人力飛行機の性質につき何も理解していないと言わざるを得ない。原告主張のように、ただ壊れないことのみに注目した機体(=抗力の観点しか考慮していない機体)を製作するのは至極簡単であり、非常に頑丈な材質を用いて機体を構築すれば足りるが、そのような重い機体が浮くはずもない。
※原告側は「抗力」という観点での主張はしていないので、なぜ抗力が出てきたのかは不明。

「人力飛行機の素人集団」を自称する彼らがここまで言い切るのは驚きだが、およそ他の鳥人間チームの賛同を得られる内容ではない。誰も、絶対に壊れない機体を作れとは言っていない。鳥人間チームはいずれも、飛行前には壊れない程度の強度は備えるように設計している。なぜなら、飛行前に壊れてしまったら、飛距離を伸ばすどころか全く飛べないのだから。しかし人力飛行機は「浮くはずもない」どころか、滑走路から自力で離陸し、琵琶湖を往復することすらあるのだが、彼らは何を言っているのだろうか。

「試験飛行をしなくても安全確認は可能」と主張

原告側からは、チームが充分な試験飛行による確認を怠ったことも主張された。

一般的に、人力飛行機は鳥人間コンテストの前に試験飛行を行う。グライダーの滑走路などを借りて、まず地上を走行するところから開始。徐々に速度を上げ、プロペラや車輪、操縦装置などが正常に作動するか、主翼が設計どおりきれいにたわんでいるかなどを確認する。次いで、飛行速度まで速度を上げると、人力飛行機は滑走路から離陸する。このとき重心位置が悪いと急上昇して失速したり、いくら加速しても浮かなかったりするので調整する。最初は少し浮いたら下ろし、徐々に距離を伸ばして機体を調整しつつ、パイロットの訓練も行う。早朝の無風状態でなければできないため1日の走行・飛行回数は限られ、また天候にも左右されるため数か月かけて述べ数日間行われるのが一般的だ。

KITCUTSは、この試験飛行をほとんど行っていない。1回目は悪天候で延期。2回目は試験走行中に主翼が破損したため離陸に至らなかった。つまり、一度も「飛行中の荷重に主翼が耐えられること」を確認しないまま、本番に臨んだのである。前回説明した通り、この機体は鳥人間コンテスト本番で、車輪で滑走している最中に主翼が折れるほど弱かった。であれば、試験飛行で離陸を試みれば、その時点で主翼が折れていた可能性が高い。それをせずに「3回目の試験飛行をしなくても問題ない」と判断したことが重大だと、原告は主張しているわけだ。

なお、この点については読売テレビも関係している。読売テレビはKITCUTSの書類選考合格の付帯条件に「充分に試験飛行を行うこと」と明記している。この付帯条件は全チームに書かれているわけではなく、チーム個別に書かれたものだ。KITCUTSは読売テレビへの参加申請書に自ら「試験飛行を4回実施する」と明記しており、読売テレビはわざわざ合格通知で念を押している。もしかすると書類選考段階で主翼の強度に不安を持っていたのかもしれない。そして大会前日の機体検査(全チームに対して目視検査とヒアリングが行われている)で読売テレビはKITCUTSに試験飛行の結果を尋ね、「ふわっと浮いた」と聞いた、というのが読売テレビの主張である。

これに対するチーム側の主張は「試験飛行では浮いていない。浮いていないのだから『ふわっと浮いた』などと言うはずがなく、読売テレビは嘘をついている」というものだった。約束を守らなかったことを咎められたときの開き直りとして、これほど大胆なものを私は知らない。

そして、試験飛行を行わずに済ませた理由を挙げている。試験飛行をしているのは強豪チームが記録を伸ばすためであって、安全のためではない。安全性は設計で確認可能であり「原告が、飛行試験の意義・目的をはき違えていることは明らかである」と主張した。

何をかいわんや、である。現に機体は離陸前に自壊しており、設計だけでは安全性が確認できていないことは明らかだ。しかも試験走行の段階で主翼は壊れており、それで試験飛行を打ち切ったのだから、浮上しても壊れないことは確認できていない。皆さんは「ロープに試しにぶら下がったら体重で切れてしまった」のに、新しいロープを確認しないで登山に行くだろうか?問題は原告であるパイロットも含め、チームでどのような判断を行った結果、再試験なしで本番に臨むという意思決定がなされたかであろう。

さらに、チーム側はこうも主張する。「原告の主張は、費用も掛かり、物理的な場所を確保できなければ実施できない飛行試験を数回行うことが可能なチームでなければ鳥人間コンテストに参加してはならないと主張しているに等しい」と。しかし、鳥人間チーム経験者なら誰でもこう答えるだろう。「鳥人間に金と手間がかかるのは当たり前じゃないか」
ちなみに、東京都内の鳥人間チームはいずれも、静岡県や埼玉県の飛行場まで多額の費用をかけて通っている。大学と同じ北九州市内にある旧北九州空港の滑走路を無償で使用できるKITCUTSは、私から見れば羨ましい環境だ。

不自然すぎる主張

ずいぶん長くなってしまったが、これがチーム側の主張だ。私が要約し、意見を書き加えているからバイアスがかかっていることは否定しないが、出鱈目を書いたつもりはない。基本的に彼らの主張は上記の通りだ。読んで下さった方々はどう感じただろうか。

私は「いくら何でも、こんな支離滅裂な主張が通るわけがない」と感じた。工学の専門家ではない裁判官に対しては丁寧な説明が必要だろうが、それでも異常性は理解されるだろう。また、事故当時の知識や経験が未熟であったために判断能力がなかったと主張するならともかく、現在も「飛行機の性能は安全性と相反する」「試験飛行しなくても安全性は確認できる」と主張する人物が、航空機メーカー等で仕事に就いているのは驚くべきことだ。そんなことはあり得ない。

…そう、そんなことはあり得ない。ここまで答弁書を読み進めてきて、私の脳裏に浮かんだのはそれだ。「いくら何でも、こんな支離滅裂な主張をするわけがない」と。そう考えて他の情報も併せて考えていくと、この答弁書への疑念がさらに深まっていくのである。

チーム側の答弁書は、チーム側の5人の元学生達の意見ではないのではないか、と。